
春になると、天蚕の季節が始まります。
晩夏に産みつけられた小さな卵が冬を越え、四月下旬になると孵化し、また新しい一年が始まるからです。
天蚕は、家蚕のように人のそばだけで完結する蚕ではなく、山の木々とともに育つ蚕です。
クヌギの葉を食べ、風や光の中で大きくなり、葉の裏に繭をつくります。
その営みを見ていると、絹もまた、山の気配をまとって生まれてくるのだと思わされます。
この土地に残る天蚕の景色
この地域では、かつて何か所でも天蚕飼育が行われていたそうです。
その名残のように、クヌギがまとまって植えられている場所を、今でも見かけることがあります。
クヌギ畑を見ると、そこにはただ木があるのではなく、昔から続いてきた営みの気配が残っているように感じます。
小さな卵から、葉の色に近づいていく




孵化したばかりの幼虫は、驚くほど小さく、頼りなく見えます。
けれど、葉を食べ、脱皮を重ねるたびに、少しずつ山の色に近づいていきます。
三齢頃になると、葉に紛れるような姿になり、見つけるのが難しいほどです。
五齢になると食欲もいっそう増し、いよいよ繭をつくるための力を蓄えているのだと感じます。
この変化を見ていると、天蚕はただ成長するのではなく、山の中へ少しずつ溶け込むように育っているのだと思います。
葉の裏に残されるもの
天蚕は、葉の裏にそっと繭をつくります。
山の中で見つけるその繭は、作為的というより、自然の中に静かに置かれたもののようです。
そして夏の終わりから秋にかけて、成虫が羽化し、交尾し、卵を残します。
蛾として過ごす時間は長くありませんが、その短い時間のあとに、また次の春へつながる小さな命が残されます。
一年の終わりが、そのまま次の一年の始まりになっている。
天蚕を見ていると、その循環の静けさに何度も心を引き戻されます。
繭が糸になり、布へ入っていくまで




天蚕の繭は、家蚕のように素直には糸になりません。
それでも、製糸所で丁寧に糸が揚げられ、長く引ける部分は正絹糸として生きていきます。
そして、始めと終わりの糸に引けない部分は、工房で紡ぎ糸になります。
引けるところだけが価値なのではなく、引けないところにも別の表情があり、それがまた布の一部になる。
そのことに、私はいつも天蚕らしさを見る気がします。
山で育ったものが、糸になり、やがて織りから布へ。
その流れを思うと、一枚の布の中には、季節の時間や山の空気まで織り込まれているのだと感じます。
天蚕を観察し、その営みに触れる小さな会もひらいています。
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